待ってました!!

店長より

待ってました。首をながーくしていつかいつかと。
あちこちでもう放送の告知がいろんな人を介してみることができます。

遅くなりましたが私もこのブログを通じてお知らせします。

2015.12.19(土)午後4時30分から5時30分 大分地域ドラマ「そんじょそこら商店街」が 全国地上波テレビで初放送 されます。

2014.3.12にNHKBSプレミアムで初回が放送されて、改めて昭和の町を新しい気持ちで 迎えることができたことの記憶がよみがえってきます。

今度の放送できっとまた以前とちがった感じ方ができるような気がします。

初回放送された後も他の番組で町起こしのドラマをいろんなテレビ局でやっていました。

涙が出るような番組、共感できた番組、笑ってひとつになれた番組。それぞれにおもむきがあってよかった。

町おこしが方法論でもなければ環境の変化でできるでもなく、そこにいる人、かかわってきた人がいて初めて何々おこしができるって事、見れたような気がします。

前にも書いたのですが、「そんじょそこら商店街」には1つのリズムがある。ドラムが高らかに鳴り響くでもなく、シンバルが耳を裂く音でもなく、淡々とした音とリズムでドラマが流れていったというのが感想です。

感動また感動の連続は見てて気持ちがいいのですが、実際の町おこしは地味で根気のいる作業なんだと思います。

「そんじょそこらの商店街」にはそれが見事に感じられるドラマです。小谷ディレクターの小谷リズムと色が感じられるドラマだと思います。

音楽もとっても落ち着くんです。たたたた たーん たたたーん。

ご期待ください。一人でも多くの人に見てもらいたい。

自分の居場所がどこにあるのか、このドラマを通して。

いつの間にか

店長より

次男の徳行に3人目の子供が誕生。1月に女の子が生まれました。
2人目は女の子で名前は凛樹(りんじゅ)。今がやんちゃ盛りで自己主張がしっかりしすぎてお母さんは大変そう。
3人目の名前は樹来(きら)。大きな目の二重まぶたの美人さん。
長男初樹。長女凛樹。次女樹来。樹つながりの三人。人のため世の中の役に立つようにすくすくと健やかに育って欲しい
という希望がこめられています。


生まれてまもない樹来ちゃんと。孫三人で記念写真。凛樹はまだ睡眠中。



初樹は樹来ちゃんがかわいらしくてたまりません。

昭和の町が14年の10月にオープンして13年の歳月が流れました。
いつの間にか3人の孫のおじいちゃんになりました。
このHPを立ち上げたのが2008年の10月30日。6年になります。

過去を振り返って懐かしんでる時ではないのですが、ふと気づかされる時ってあるんですね。

それは人が誕生した時や亡くなった時によく昔を想い出します。
今生きている自分の環境から、今の自分の歳を基準にいろんな物事が見えてきます。
そしていつの間にか消えてしまっています。

そしてこれから先のことを考えていきます。
いつも思うのは、出発点は夫婦から始まる。家族じゃなくて嫁さんと私から。

好き勝手なことをしてきた私をいつも黙ってみてくれてきた妻がいる。

私にとってそこがいつも出発点になっています。

だから昭和の町でお肉屋さんをがんばっていけるのだと思います。

これから10年先、また楽しみです。

総合九州・沖縄で再放送決定!!

店長より

いよいよ総合九州、沖縄で「そんじょそこら商店街」再放送が決まりました。

毎回再放送があるたび、ストーリーが変わっているわけじゃないのですが、見るたびに見る感覚っていうのか変わって見えてくるんです。

私だけでしょうか。例えが違うかも知れませんが、般若心経の中身をいろんな人が解説していろんな説明をしているような。

なんかわかってわからないような例えでごめんなさい。

撮影が始まって今日まで、時間が過ぎて昭和の町もあれから少しずつ変わっていく中で、ドラマの「自分の居場所」という課題がいつも試されているような気がします。

来年は市議選、県議選で豊後高田もこれからの将来が問われます。

我独り天地に慙ず 和気公の言葉です。自分をなくしてでも高田の将来を憂うそんな人に高田を任せて欲しいです。

そんじょそこら商店街の店主が子供の笑い顔を見たくて商いをやってきたように、将来の子供の笑顔が見られるそんな豊後高田であって欲しいです。

そんじょそこら商店街 総合10月24日(金)午後7時30分から

是非ご覧になって下さい。そしてこれから迎える紅葉の仏の里にも足を向けられてはいかがでしょうか。

地上波初登場

店長より

NHK総合・大分県域 2014.8月1日(金) 大分発地域ドラマ「そんじょそこら商店街」放送が決定しました。
BS放送を含めると3度目の放送です。 地上波は初めて。見ていただけるチャンスが広くなるのかなあ。

これからの季節、主人公の舞台となった青山商店こと森川豊国堂のミルクセーキとアイスキャンデーがたまりません。

今も訪れる観光客の手には、汗を拭きふき手にはアイスキャンデーが目につきます。昭和の町もいよいよ暑く燃える季節を迎えます。

今、ドラマを機に商店街のこれからがまた問われ始めようとしています。どんな形であれ14年前、公的機関の方々やいろんな方々の力を頂きながら昭和の町が誕生 したあのころの原点に帰って、商店主の魂にもう一度熱い希望の火が燃え始めることを願っています。願う前に自分に火をつけなくてはなりません。

14年前はまだ若かったなんて弱音を出せません。覚悟を決めてもう一度チャレンジできる最後のチャンス。ちょっとおおげさかも知れませんが、昭和の町ってやるだけの価値がある 町なんですよね。だからこそ年間40万人の観光客の方々に来ていただけるんだと思います。

ドラマを見て是非豊後高田・昭和の町へ足を運んでみてください。

今回は大分県域の放送ですが、全国放送になる日を心から願っています。

8月1日(金)午後7:30~の放送お忘れなく!!

再放送決定 

店長より

豊後高田 商店街ドラマ 「そんじょそこら商店街」の再放送が決定しました。
2014年5月24日(土)午後1:30~ 見てなかった方はぜひご覧になってください。
試写会に出席された俳優奥田瑛二さんが話されていました。
「このドラマの流れるリズムをこれからも大事にして欲しい。」きっと深い意味があるのでしょうが、そこのところも見てのお楽しみ。
この言葉は、このドラマを演出した小谷さんに奥田さんがこれから演出する上で忘れないで欲しいというメッセージを送られていました。そのトークを見ていてうらやましいと思いました。親が子供に送るラブメッセージに感じられました。

このドラマで一番受け止められたのは、自分の居場所ということでした。どんなところにいようと、どんなことをしていようと、自分の居場所さえしっかり心の中に腹をくくることができたら、これからの自分が見えてくる。

いつの間にか大人になり、何が正しくて何が正しくないか。そんな基準で物事を見つめることが当たり前の日々。
いつのまにか自分で自分を縛り付けて身動きできなくなってやりたいことがそうじゃなくなってきて。
子供のときはしたいと思ったことは何でもやってこれた。これって正しい正しくないじゃなくて、楽しいか楽しくないで決めてきた。
だからいつも自由でいられたように思えた。自分の居場所も子供のときのようにワクワクできるような場所にしたい。
ドラマを見終わってからそんなことを思っていました。

5月24日(土)NHKBSプレミアム 午後1:30~ 「そんじょそこら商店街」 ぜひご覧になってください。お楽しみに!!

いよいよ公開間近

店長より

豊後高田市 昭和の町を舞台に繰り広げられるドラマがいよいよ公開されます。

「そんじょそこら商店街」

スタッフ

【制作統括】山本 大典(NHK大分)
【演  出】小谷 高義(NHK大分)

制作者のことば

昭和の町の”心意気”を伝えたい ~「そんじょそこら商店街」制作にあたって~山本大典(NHK大分放送局 チーフ・プロデューサー)

「自分がこの町で死んでいくために、ここで生きながらえないといけない」。

NHK大分発地域ドラマ『そんじょそこら商店街』は、「昭和の町」立ち上げの中心となったお菓子屋さんの、このひと言から始まりました。
急速に進む日本の少子・高齢化。「過疎」はもはや山間部の問題ではなく、町の中心部でも人口が減り続けています。若い人は出ていったまま帰らず、残されたのは年老いていく親世代ばかり。このままでは、自分が生まれ育った土地で「死ぬこと」すら出来なくなるのではないか。地方に暮らす人たちにとって、こうした危機感はひとごとではありません。

大分県豊後高田市の商店街「昭和の町」を作り上げた人たちは、この難しい問題に、知恵を絞って正面から立ち向かいました。寂れていく一方の商店街を、どうしたら「ここで暮らしていける」まっとうな商店街に戻すことができるのか。繰り返された試行錯誤、時にはケンカ、さらには「巨大公共施設の建設」という誘惑。それらを乗り越えて豊後高田の人たちがたどり着いたのは、この地で商売を営んできた自分たちの「足あと」を見つめ直し、その歴史を「丸ごと」訪れる人たちに伝えるという、当たり前だけども、それゆえに見過ごされてきた「逆転の発想」でした。

今回のドラマのタイトル「そんじょそこら商店街」は、豊後高田の人たちが商店街の愛称を考えるなかで出てきたアイディアのひとつです。ここは、「そんじょそこら」、どこにでもある商店街。だけど、自分たちが一所懸命に生きてきた「昭和」の庶民の暮らしぶりが、たくさん残っている。

昭和の時代を知る人には「共感」を、昭和の時代を知らない人には「発見」を伝えたい。
商店街の再生に取り組んだ豊後高田の人たちの「本気の戦い」を、ドラマで描いていきたいと考えています。

豊後高田の人たちが、「昭和の町」を作り上げるまでの道のりをドラマにしたい。私たちのその思いを、脚本の羽原大介さんは、「家族の再生の物語」として見事に編み上げていただきました。そして、山本耕史さん、鈴木杏さん、古手川祐子さん、奥田瑛二さんといった、素晴らしいキャストの皆さんが、ここ豊後高田の地で命を吹き込んで下さいました。

「知恵」と「情熱」を持ったオトナたちが集まれば、乗り越えられない壁はない。このドラマをご覧いただき、人生を前向きに生きていく”心意気”が伝われば、制作者としてこれほどの幸せはありません。    ( 広報より抜粋 )

11月から昭和の町の商店街にロケ隊が入り、実際の商店の中で撮影を行いました。朝早くから夜遅くまで寒い中の撮影でした。ドラマの撮影ってこんなにも人いるんだと驚きました。大掛かりな撮影機材と関係者で多いときは30人いやもっといたかなあ。

何度となく取材で見えられたことはあってもドラマは初体験。見るものすべてが新鮮と出演者さんたちとの出会いもあってわくわくドキドキ。2週間近くの撮影もあっという間に終わったような気がしました。撮影期間中驚いたのがほとんどが晴天に恵まれたこと。今までにはなかったような気がします。

そんじょそこら商店街のリンク貼ってます。ドラマの制作日誌を是非ご覧になってください。

 

                                                         

 

 

我獨慙天地

店長より

 家の片付けで2階の倉庫の中に50年近く埃をかぶっていた掛け板?を見つけました。板に書かれていました。

我獨慙天地。どんな意味なんだろう?  

我独り天地に慙ず(われひとりてんちにはず) 和気清麻呂公の言葉。自宅から車で15分ほどの宇佐八幡さまは清麻呂公と縁が深く和気の地名もあるし、船着き場も残っている。清麻呂公が出てくるのは道鏡事件である。事件が起こったのは769年清麻呂37歳。僧道鏡が政界に入り、女帝の孝謙天皇から特別深い寵愛を得て、最後には天皇の位を望むようになった。そこへ宇佐の神官を兼ねていた九州大宰府の主神習宣阿曽麻呂が朝廷に「道鏡を天皇の位につければ天下は太平となる」というお告げ(神託)をもたらす。天皇は驚き、神意を確かめるために使いを出すことになる。そこでその役に抜擢されたのが清麻呂公。実は当初称徳天皇側近の尼僧和気広虫(法均尼)を召そうとしたが、虚弱な法均では長旅は絶えられないと弟の清麻呂を召し、姉に変わって宇佐八幡の信託を確認するよう命じられることになる。運命感じますね。 宇佐から帰った清麻呂は死刑を覚悟で、先のお告げとはまったく反対の「道鏡を除くべし」という内容を神意として言上した。 

これは政治の私物化に対する大抗議でもあった。当時の大部分の人は道鏡への譲位に疑問をもっていたにもかかわらず、左大臣以下誰も声に上げて反対しなかった。 

これに対し命をかけて抗議したのが清麻呂公ただ一人だった。これにより、清麻呂公は大隅国(現鹿児島県)に流罪となったが、道鏡の失脚により都に呼び戻され、平安遷都など平安時代の礎を築く重要な役割を担った。 

この類をみない危機に立ち向かった清麻呂公の行動・精神は日本史上に一筋の光彩をはなっている・・・ と書かれていました。 

 

我独り天地に慙ず 世の中の人がどうあっても、自分ひとりだけは天地の澄み切った心に照らして、恥じることのないように、また自粛自我を心がけ謙虚に正しい道を歩もう。 

 

                

                          

 

                                                                    和気清麻呂公像

 

                      

                          

                                               

 

                             埃を払ってとりあえず階段を上がってすぐ目に入るところに掛けました。                              

                                            

               

                                        

                         

                のぼりつめたところに独り天地にはずというか、意を正す場所にしょうと思います。

                                                 

 

 

                                                    

 

 この時期に清麻呂公の言葉に出会うのも何か意味があるのだと思います。最近ちょっとたるんできてます。なんとなく地に足が着いてないような気分が続いて。軸がずれだしたかも知れません。何だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイエット

店長より

お肉はダイエットの敵。そんな感じで受け止められやすいお肉。 

スタミナ、夏バテ、筋肉ムキムキにはおなじみの存在であっても,ダイエットやボケ防止にも強い味方って意外と知られていない。

そこでパンフレット作ってみました。

 

 

                                                        

                            

 肉を食べないとやせられない。  

 

牛、豚、鶏の順番。一見鶏肉が一番ヘルシーで脂肪が少ないのでダイエットにはもってこいみたいですが、肉の赤い色が濃いほどL-カルニチンが多く牛肉の赤身の中には豊富に含まれています。摂取量は片手の平1枚分、1日で一番代謝が高まる昼食がお進め。  

 

 

脂は油で落とす。  

 

体脂肪は上質の植物油で落とす。オメガ3脂肪酸といわれる〆ーリノレン酸が脂肪を燃焼させる。シソの油、亜麻仁油、エゴマ油が適している。ただ熱に弱く酸化しやすいので生でサラダにかけて食べると良い。摂取量は1日小さじ3杯。  

    

 

体が冷えていると太りやすい。  

 

脂肪を燃焼しやすくするためには体の内部を温めてやる。みそ汁がお勧め。タンパク質、ミネラルが豊富で、体は温かいものを摂取すると満足を感じ、食べすぎを防ぐためにもこの1品は大きな意味がある。しょうが、ネギ、カイワレなどの薬味は体を温める成分が含まれ、みそ汁の中に入れることで美味しさも増す。  

 

というような事柄が書かれています。 

どうぞお試しあれ!!

 

 

 

 

 

 

 

                        

                  

                                                   

 

   

                      

                                                        

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京その2 代官山

店長より

引き続き代官山に足を運んだ。お目当ては代官山T-SITE。今や全国1412店舗、レンタルだけで1757億円、また3859万人つまり日本人3人に1人が持つといわれているTカード。CCCという会社 カルチャーコンビニエンスクラブ、そうあの ネットで借りて自宅に届きポストへ返却♪ あのメロディーが耳から離れない。このカードは入会する際に年齢や性別を登録する。レンタルビジネスだからこそ容易に入手できる情報。購買履歴が蓄積されるこのカード。加盟する企業にとってはのどから手が出るほどの重要なデーターの宝庫。その情報を活用して販売戦略を練ることが出来る。そこで自社カードをやめてTカード加盟店になる企業が増えている。 

Tカードをもつお客は買い物をしてポイントをためてそれで買い物が出来、CCCはシステム使用料が加盟企業から入る。3者にメリットがあるTカード。 

お客にとって価値あるもの。この組み立てが顧客中心主義を貫くCCC社長、増田宗明氏が提案するもの。もともと企画屋である彼があえて人が来ない、いないと言っている代官山にT-SITEを出店させたのは、団塊の世代ベビーブーマーが圧倒的に多いい今日、個人資産1400兆円のうち65歳以上が持っているのが1000兆円。お金も持っている時間もある。そういう人たちに対するサービスがない。 

ツタヤは人口に対して30パーセント以上の人がT会員。20代64%、50代20%、60代10%、70台5%と使っている。「時間とお金がある人がぜんぜん使ってないのはすごいロス。逆に若い人たちは減っていくのでそういう意味でも企画屋としてT-SITEを作りたかった。」

風潮としては今やインターネット経由で何でも手に入る時代にあえて代官山にわざわざ買いに行かなければならないT-SITEを作ったのは、「高度成長のときは物がないから物を売っていた、だから売り場という。だけど物が余ってきたらお客は物を選ぶ場が欲しい。その選ぶ場としての本屋やレコード屋さん。それもただの○○屋じゃなく、いいレコード屋さんいい本屋さんを企画屋としてやってみよう。ここへ来たらすごく楽しい。代官山は誰もいないから、あそこへいきたいと思う場所じゃないと人は来ない。だからこそ企画屋として出店した」 

代官山地域は明治期に台地上に点在していた武家屋敷地が高級官僚等の邸宅地になりこれらの邸宅地が時代とともに学校、大使館や公団、社宅、住宅団地やマンションに転用されてきた地域でもある。T-SITEは水戸の徳川邸屋敷跡地にあり向かい側にはデンマーク大使館とエジプト大使館があった。

 

 

                    

                      閑静な町並み。この一等地にT-SITEがある。

 

                    

                               デンマーク大使館

 

                    

                                 エジプト大使館

                     スフィンクスが門の前に鎮座していてエジプトーって感じ

               田舎じゃ大使館自体見る環境にないんで、おーと1人で関心してました。

 

                    

 

1階は 午前7時からオープン。入るとすぐに各売り場ごとに専門知識を携えたスタッフが対応してくれます。それに商品の検索はフロアーに備え付きのipadですぐさま見ることができ、今在庫があるなしもその場で確認できます。商品自体も見たことのない書籍であったり、300万円の万年筆があったり、日本では買うことの出来なかった映画のDVDがその場で複写して買うことが出来たり。

 

 

                    

 

 

 

                    

 

 あちこちで珍しいものがあったら写真を撮ってみたりするのですが、店内に入るとそんな雰囲気じゃなかったです。時間が止まったような空気の中でゆったりと商品を見てまわりました。ここに来なければ出逢えない商品であったり、ここに来なければ味わえない雰囲気。確かに実感しました。

企画屋として私財を投じて造った男のロマンみたいな想いがここに来て、よりいっそう感じることができました。 

「企画しているときはストレスの塊なんだけど、それが完成してそれにふれて人が喜んでくれる。人を幸せに出来るんだ」という実体験が脈々とツタヤブランドを通じて伝わってくるようです。

昭和の町も、この町に来なければ得られない商品。この町に来なければ味わえない幸せ感。顧客中心主義もさることながら、それにもまして、その店で働く従業員さんが幸せで笑顔でいられる店。もう一度原点に帰ってこの昭和の町で、元気な笑顔の店作りにがんばります。

時々こうして外の世界に触れる機会を与えてくれる家族、従業員の皆さんに感謝です。忙しいのになに一つ文句も言わず気持ちよく送り出してくれることってほんとに感謝ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京その1 スーパーマーケット・トレードショー2012

店長より

スーパーマーケットを中心とする流通業界に最新情報を発信するプロ向け商談展示会。スーパーマーケットが創るニッポンのくらし。東京ビックサイトで2月1日から3日まで開催されるということで休みを利用して行って来ました。

また同時開催されているこだわり食品フェア2012も見逃せません。ビックサイトは今回で2度目。田舎者の私にとって最初に行ったとき、着いたときにはもうへとへと。慣れない地理と1箇所移動するだけで歩く距離の長いこと。家にいるときは近くのコンビニに行くときさえ車で移動するのに、都会のひとは400・500メートル歩くのは当たり前。それも早足。とにかくタフでないと大都会の生活は無理。それでも行くのは物と情報が集まるところ。 

今回は食品フェアーのほかにどうしても代官山で見たいものが。これは次回ということで、2回目のビックサイト行きはスムーズに行けました。寺岡精工大分営業所 山下所長のご好意で招待状を頂き行くことになりました。                      

                     

 

                     

 

 

                    

                     テラオカ 山下所長 通称やまちゃん

 

  最新機器を見せていただきました。限られた時間走り早に山下所長にお別れをして次の会場へ。

 

 

                  

 

実は大分のブースに昭和の町で営業されている杵やさんこうこう屋さんが出展されているということで伺いました。

 

                                       

 

                     左こうこう屋店主 星野氏 右杵や店主 清末氏

 

 3日間の出展がんばっておられました。東京で会えるなんて思ってもいませんでしたので嬉しかったです。いろいろ話をさせていただき勉強になりました。飛行機の出発が14時30分。時間に限りあり。とてもこんな時間じゃ見てまわれない。とにかく見れるだけ見てまわろう。                    

                                                                                                                                                                                              

                    

 

                                                                                                                                                                       

 

 

                   

 

 

                   

 

 

                   

 

 

 

                   

 

 

 

                   

 

 

                   

 

 

 

                   

 

 

 

                   

 

 

                   

 

                   

                   

 

 

                   

 

やっぱり職業柄お肉関係、揚げ物関係に目がいってしまいますねえ。変わったところではこんな夢ある飲み物が。

 

                  

                   

 

 

                   

 

中でもB1グランプリで脚光浴びた食品はやはり人気が高かったです。試食の列が目立ってました。

 

 

                   

 

日本海側では大寒波の影響で東京も冷え込みがひどく雪が予想されたのですが、帰りの飛行機はおかげで晴天に恵まれましたが、大分空港に着くや否や風雪で飛行機が揺れるの何の。この風でよくぞ着陸しましたぞというくらい見事なフライトでした。

空港の駐車場の車の上は積雪10センチ以上はありました。

  

                

 

  帰りの車からは先が見えなくなるくらい雪が降ってました。無事帰宅することが出来て今回も収穫の2日間でした。

代官山見学は次に。

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