先日、にわかに作ったつばめの巣。良かれと思って作ったつばめの巣。これじゃあツバメ巣つくらんよ。光るもんがすかんき(光るものがすきじゃないから)って言われました。
鳥類はきらきら光るものに寄り付かないと。警戒するのか嫌いなのかとにかく寄ってこないといわれました。誰からとはまた言いませんけど。
それを信じてこうなりました。
とりあえず光るところを隠すという事で、麒麟の田村さんじゃないけどダンボールの家。
これじゃあよけいつばめさんから嫌われるかあ。とりあえず今回もこれで様子見。
せめて周りを植物で環境整えてつばめさんに来ていただこうと、ブルーベリーとアンスリュームでお出迎え。
こんな巣みっともないからやめたらといわれるまで、とりあえずこのままでずりますか。
そういわれる前に木の板でつくり直しますか。 つづき・・・・・・・
つばめがあちこちで巣作りをはじめています。
うちの店の前にもつがいでつばめが来ています。
たぶん前から来ていたつがいだと思うのですが、巣作りの場所に決めたのが自動ドアーのセンサー。
別にここでもかまわないのですが、シャッターを閉めるときにセンサーすれすれにしまるので危険。
急遽センサーにナイロンをかぶせ、ここはだめだよコールを送ったのですが、何度も何度も土を運んできます。
で、早速隣の布袋さまをおまつりしている軒下を借りて巣作りの台を作りました。
気に入るかどうかはこれから見守るしかありませんね。作りながら、これはないかと思いながらも淡い期待が。
ここに巣を作ってくれて雛がかえってくれると嬉しいのですが。どう見てもこれじゃねえ、と誰が言ったとはいいませんが。
何の大会かというと、日本食品衛生協会の九州大会で今回長崎で開催されるということで、わが大分県高田支所からは食品衛生指導員5名が参加しました。
特に今回は高田魚市場社長、桑原 猛さんが酒菜という題材で体験発表されるということで、私たち指導員仲間も力がはいります。宇佐駅11時50分の特急列車でいざ出発。
大雨注意報の中、4時間列車に乗っていきます。
何年ぶりでしょう、すっかり変わっていました。長崎駅と周辺。
お世話になるホテルは山手にある清風というところ。
あいにくの雨で100万ドルの夜景は見れませんでした。
次の日も朝から雨。長崎は今日も雨だった。いえ、ずっと雨だった。会場の長崎ブリックホールでは北は福岡南は沖縄から1400名の会員が参加しました。
開会の前にアトラクションとして長崎市銀屋町の鯱太鼓が披露されました。
開会の挨拶、来賓祝辞と大会次第の流れに沿っていよいよ、高田支所桑原さんの体験発表が始まりました。
彼はすでに全国大会の大分県代表で体験発表をしており今回で3回目。魚市場を経営する中で食の安心・安全を守るため保健所との連携により不良食品の流通を未然に防ぐなど、また民泊を提供している一般家庭を対象に、営業同様にフードスタンプ、ATP測定器などの活用で見えない汚れを数値化することで汚れの確認ができるので両者の緊張感を解きほぐし、人と人とをつなぐ「酒菜」としての役割を果たしてくれると体験談を話してくれました。
無事大会も終え帰りの列車の時間までみんなで昼食をとりに。昨日私が長崎の中華街に行ったことがないという話をしてたのを覚えて下さって、お昼は中華になりました。
ということで着いたのが 紅山楼
念願の好物、長崎ちゃんぽんを食することに
連れて行ってくださって本当にありがとう 。
うまかったー!
東京ビックサイトで国際見本市があるということで行きました。今回この見本市がセミナーと同じ期にあるということで東京に行くことを決めました。たぶんいずれか1つだったらやめてたかも知れません。重い尻をあげるのにセミナーと見本市は十分な動機付けになりました。
東京の中1つ移動するにもほんとに気苦労が耐えません。
今やロボットが鶏を捌き、牛を捌く時代。知らなかった。ここまで来てるとは。スライスを機械がしてきれいに並べるというレベルだと思ってたのが、3から5年くらいかかっていた職人の変わりに機械で出来る。人の手の技術と比べて云々もあるだろうけどここまで来ているという事実。その需要も真近に見えるという現実。先日中国に行かせていただいたときの感想ですが、輸出国日本に変わってこれからは中国が日本に向かって牛肉を輸出する、それも日本の和牛に負けないくらいの肉を輸出する日も遠くないように思います。
この機械1回転で鶏30羽ほどを捌きます
これはモモ肉の骨がついた丸を捌く機械
実は今日大分から南海刃物村上副社長が出展されているプロトン凍結機と他の会社のコロッケ関係機器を見るのが目的です。
南海刃物村上副社長と次世代凍結技術を持ったプロトン
磁石、電磁波と冷風をハイブリッドした凍結技術。凍結時の氷核生成に働きかけ、氷核を多数生成し、小さな氷結晶をつくりその結果、食品細胞の破壊を防ぎ、解凍時のドリップ量を少なくするという優れもの。もっと簡単に言うと寿司のにぎりをこの機械で凍らせて、解凍したものを食べても、今握ったにぎりと変わらない、見分けがつかない。これによって新商品の試作、開発・計画生産、人件費削減、廃棄量の低減エコロジーに貢献。
村上社長は忙しいにもかかわらずコロッケ関係のブースに案内してくださいました。
コロッケパン粉付け機
コロッケ製造ライン
芋皮むき機
従来のものは水とやすりで皮を向いていたのが水を使わない。だから鮮度がいい。芋の種類に関係なく形に関係なく皮むきが出来る。
蒸したジャガイモと具材を混ぜる
村上副社長お世話になりました。その場でお別れして私はこのほかにも時間の許す限りあちこちを見てきました。広すぎて同じところを何度も入ってみたりしてもう足が棒。ほんとに昨日に続いて有意義な2日間でした。
マヨネーズ、ケチャップなどそのまますくって別の場所へ移動して形を崩さず並べることがいとも簡単に出来る機械。手品見てるみたい。
国際見本市を後にして いざ岐路へ。
東京17:40発大分19:15着無事スケジュール終了!
今回で2回目のセミナー参加です。主催はアヴァンティ。経営、自己啓発といろんな分野から講師がみえられます。
前回は(株)アントレプレナーセンターの福島正伸先生の話。今回はビジョン心理学ジャパンの栗原英彰先生の話を聞きに行きました。場所はどちらも東京です。便利な地下鉄も田舎者の私にとっては気づかれします。幸い人見知りしないので近くにいる人に行き先を尋ねまわっていました。
小雨の中大分空港8:50出発
予定の時間よりいつも余裕を見ないと途中何があるかわからないので時間だけはたっぷりとります。で、大分空港に着いたのが、私が乗る前の飛行機の搭乗アナウンスが始まった時。後1時間もある。それくらい余裕をみます。中には気が遠くなるって人いますか。これ普通です。
当然セミナー会場に着いたのも余裕の1時30分前。
いつもは3番か4番前くらい座るんですが一番前の席に着席。今回は前のセミナーで聞き漏らしたことが多かったのでボイスレコーダーという助っ人がついています。そのため声をさえぎるものがあったらいけないので1番前に座りました。後でわかったんですが、講師はマイクを使うので、直接講師の声を取る必要がなくスピーカーから出てくる音を録音するので会場いたるところにスピーカーがあるので、どこに座ってもいっしょらしいです。一つ勉強になりました。
今回は190名の定員で満員御礼。ビジョン心理学の成長モデルの話。未来のビジョンと過去の心理学がくっついた、いわば納豆スパゲティーみたいなもの。先生曰く、従来はミートスパゲティーとナポリタンしかなかったものが、スパゲティーの上に納豆がのってるのを見てショックをうけた時と同じくらいビジョン心理学に出会ったときもそうだったとか。
おもしろい話を交えながら3時間あまりのお話もあっというまに過ぎてしまいました。
明日はちょうど同じ期に国際見本市があるのでビックサイトに行きます。福岡では見れないものが出展してるのでたのしみです。
5月14日から2日間、五月祭が行われました。
震災後全国的に自粛ムードでいろんな事業が各地で中止になっていましたが、1日にも早い復興を願うためにも、日本全体が元気を出してそのパワーを被災地の皆さんに届けようという気運が高まってきました。この五月祭も一時は中止の話もあったのですが、こんな小さな町でもこんなに元気をだせるんだというメッセージを届けようということで開催に踏み切ったと市長さんは会場で話されていました。
仮装行列は子供たちに大人気
ボンネットバスからの餅まき
祭り会場は新しく生まれ変わった中央公園が会場になり、みんなで力を合わせたイベントがいろいろ行われました。
力を合わせて生まれ変わること。一人一人の自立でお互いを信じて相互支援のもと、新しいものに生まれ変わらせ新しく築きあげて行く。もう始まっている日本のすばらしい姿、一歩踏み出す行動だけが確実に日本のこれからの進むべき道を気づきに変えさせてくれています。自分が出来ることから行動しています。
先日昭和の町にある雑貨や 悠遊館さんからてぬぐい頂きました。なんとお肉やさんピッタリのデザインです。
牛、豚、鶏のオンパレード。かわいい絵柄がてぬぐいいっぱいにプリントされています。楽しくなりますね。
ところで手ぬぐいの用途は、物をぬぐったり、すぐ乾くという性質上手拭きとして、また包装、インテリアとして、そうそう大事なお客様をおもてなしするとき、ナプキンがわりに。季節の柄や縁起の良い柄など贈る人への気持ちに合わせて柄を選べるなど、お礼に手拭いが重宝します。
てぬぐいの歴史・・・ 平安時代には神事の際の装身具として使われていました。布が貴重品だったため奈良時代にも庶民には浸透せず鎌倉時代から少しずつ普及し始めました。江戸時代には綿の栽培が各地で行われるようになり、手拭は生活必需品として定着していきました。機能性だけでなく、芸術性を重視されるようになるのはこの頃で、「手拭い合わせ」という催しが粋な人々の間で広がり、それぞれの考案したデザインを手拭いに染めて競い合いました。それにより染めの技術も発達していきました。明治時代に入って「注染」という染めの技法が考案され、染め業界に大変革が起こりました。昭和のころには、手拭を趣味とした会ができるなど日常品の枠を超えて全国に拡がっていきました。今ではさまざまな色柄のてぬぐいが生まれ、自由な発想で使われています。・・・・(しおりより抜粋)
ちなみに当店ではインテリアとして使っていますよ。
悠遊館店内ではワクワクする雑貨がたくさん。ぜひご覧になって一時の楽しい時間過ごされてはいかがですか。












































































